もし水問題に関心のある方がGoogle検索でこのページに辿り着かれた場合、適宜必要な箇所をご参照いただけますと幸いです。当然ながら個人の見解ですので、その点ご了承下さい。
1.
田中さんが国際河川の問題について研究し始めたのは、開発途上国に興味があり、大学で専攻していた農業という学問で何ができるか考えた結果、途上国の農業における水問題に辿り着いた。という認識で宜しかったでしょうか?足りない点があれば是非教えてください。
概ね合っていますが、厳密に言うと途上国開発に興味を持った段階(学部1年終わり)で大学の専攻は決まっておらず(東大は学部1,2年は教養科目のみ履修し、専攻分野は2年の夏休み時に決めます)、専攻分野の候補として文化人類学、人文地理学、地域文化研究、都市計画、農村計画といった分野を考え、それぞれの研究室を訪問したりゼミに参加したりしながら農学部進学を決めた、そして農学部で様々な農村問題を調べているうちに水問題に行き着いたというのが正しいです。
大学進学時はぼんやりと環境問題にでも取り組んでみたいと思っていましたが、大学で関連する講義を受講したり、学部1年の終わりに初めての海外旅行でバングラデシュに行ったりする中で、自分は環境というよりも人間そのものに興味があるのだと思うようになりました。(結果的にはその後必要に迫られて水の物理的側面についても学び、改めて関心を抱くことになるのですが…)
2.
世界銀行での業務では、現場に出向いてどんな仕事をしているのですか?また他の機関に所属していた時では、どんなことをされていましたか?
なかなか説明が難しいのですが、現地政府の人々(日本でいうと国交省や農水省または地方自治体に当たる人々)とその国の水資源・農業セクターの課題について議論し、どのような対策が必要か、そしてそのために世銀はどのような支援ができるかを議論するというのが一つです。ひとたび支援案件(プロジェクト)の実施が決まったら、その詳細(具体的な事業内容、予算規模、実施体制等)を先方と詰め、それを文書(契約書)の形にまとめ、正式な調印まで持ち込みます。プロジェクトが開始以降は、大抵の場合想定外のトラブルや進捗の遅れが生じるので、それをモニタリングし、トラブル対処の方法を先方政府と一緒に検討します。
JICAの仕事も基本的にはこれと同じです。
JICAの仕事も基本的にはこれと同じです。
3.
国際河川に関する講演の中で、水問題のみを捉えるのではなく、様々な視点から包括的に水問題を見るべきだと仰せになっていました。どのような視点があるのでしょうか?
国際河川でよく問題になるのは上流国による大規模水資源開発(典型的にはダム建設)ですが、ダムに限らず国家が大規模インフラ開発を行う背景には様々な事情があります。国家開発計画上どうしても不可欠というのもありますが、例えば中国におけるチベットやトルコにおけるクルド人居住区に多大な投資が行われるのは、中央政府がこれらの地区の分離独立を防ぎたい(インフラ投資をすることで生活水準を底上げし、国への帰順を推進したい)からです。あるいは特定の政治家が票田に利益を還元したいとういことだってあるかもしれません。
こういった「訳あり」な問題について正攻法(工学的解決策)で説得しても効果は上がらず、背景にある問題(上でいうところの分離独立問題など)にアプローチする必要があります。そういう意味で、水そのものを見ていても解決策は見えてこないということです。
4.
国際河川における水問題は協調のチャンスであると共に、紛争のきっかけになるかもしれないとも仰せになっていました。紛争を防ぎ、安全な方法で解決しようした場合、何が必要になるのでしょうか。もしアイディアがあればお教えください。
各流域国にとっての共通の利益を見つけ出し、それを最大化することです。たとえば、流域の雨量観測網を拡充することで河川流量(特に洪水流量)をより正確に予測できるようになりますが、この情報は上流国・下流国にかかわらず欲しい情報です。この観測網整備を世銀のようなドナーが支援し、流域国間の情報共有を促進することで双方の協調機運は高まります。
あるいは各流域国の河川港を拡充し、両国の交易を促進すれば、その分だけ両国の相互依存度は高まることになり、水を巡って争うことのインセンティブが下がります。
5.
大学教員、政府系援助機関、世界銀行と田中さんは様々な機関に所属して水問題に取り組んできましたが、各組織に所属してわかった利点、欠点(できること、できないこと)をもう一度お教えください。
大学では自分の好きな研究テーマを決めて掘り下げることができますが、やっていることは事実(実際に行われた開発)の後追いで、自分が当事者にはなれないので、蚊帳の外に置かれている感は否めません。(もちろん有識者として意見を聞いてもらえることはできますが、それでも最終的に実施するのは援助機関です)
JICAや世銀などの援助機関は記述の通り実際に途上国の政府関係者と話し、その国の未来を共に描き、その実現のお手伝いをできるというのが私にとっては非常に魅力的です。ただ、JICAの場合は少ない職員数で沢山の案件を回さないといけないため、必然的に一つ一つの案件に割ける時間が少なくなってきます。しかも職員は必ずしもその分野の専門家ではないため、技術的な深みを追求しにくい環境です(全てがそうとは言い切れませんが)。一方の世銀はJICAと似たような量(=プロジェクト数及び予算規模)の仕事を何倍ものスタッフで回し、かつスタッフはその分野に詳しい専門家が多い(これも全員というわけではありませんが)ため、より一つ一つの案件にリソースを割ける、贅沢な環境だと私は思います。
こう書くと世銀が一番いいように聞こえるかもしれませんが、JICAは特に先方政府の人々にぴったりと寄り添って能力強化を行う「人づくり」を得意としており、世銀にはJICAのような真似はできません。そういう意味でJICAの支援を恋しく思う時はあります。
6.
開発途上国における水の現状について教えていただけますか?また解決策があれば是非教えてください。
大変申し訳ありませんが、あまりに質問が漠然としているのでちゃんとお答えできません。水問題には上下水道の問題(これは全取水量の1割程度なので量の確保は容易ですが、適切な浄水処理を行わないと人の命にかかわってきます)、農業用水の確保(全取水量の7割。農村部の所得向上に直結します)、洪水対策、さらには水力発電や持続的地下水利用など多岐にわたり、その様相は国によって様々です。ですので、一口に「解決策」を語ることはできません。
ただ、多くの国・地域で共通している問題として、気候変動問題があります。今後地球温暖化が進むと、世界の多くの地域において集中豪雨や長期の渇水などのいわゆる極端現象が増えるということがIPCC報告書により予測されています。通常水インフラを設計する際は過去の降雨データや流量データにもとづいて施設規模を決定しますが、今後はこの気候変動影響も加味する必要があります。しかしこの影響が具体的にどの程度出るのかというのはなかなか難しく、そういった不確実性にどう対処していくかが共通課題となっています。
7.
現在水問題の効率的な解決には、力のある第三国の支援が必要になるという意見がありました。今後日本が解決のためにできることはなんでしょうか?
3で書いた通り、水問題の解決は必ずしも工学的アプローチでけでは立ち行かないものが多いですが、それでも技術で緩和できるものも少なくありません。例えば海水淡水化はかつては非常に高価な水処理方法でしたが、日本企業をはじめとした各機関が(淡水化技術の核となる)逆浸透膜の研究開発を進めた結果、その処理コストは相当リーズナブルなものになり、中東や島嶼国など十分な水の確保が難しい地域において淡水化プラントが救世主的役割を果たしています。
農業分野においても、むやみやたらに灌漑を行うのではなく、センサで土壌水分を常時モニタリングし、土が乾いた時にのみ必要な量だけ灌漑を行うという技術は水不足地域において有効な解決策です。
日本の技術力の高さは疑いの余地はありませんが、途上国での普及を考えた際にその高いコストがネックとなります。かつては「高品質・高コストの日本、低コスト・低品質の中国」という棲み分けがなされてきましたが、近年は中国やインドの技術もだいぶ良くなってきており、市場を凌駕しつつあります。日本人の感覚として「いいものを作っていればきっとわかる人はわかってくれる」という信条があり、それは美徳であると思いますが、「ニーズに合わせてある程度クオリティを下げ、価格も下げる」ということも戦略的に行っていかないといけないと個人的には思います。
8.
最後に水分野に興味持っている方にアドバイスがあれば是非教えてください。
これもあまりに漠然としていて回答に窮してしまいますが、よく本を読んで勉強して下さいとしか言いようがありません。もちろん現場に足を運んで問題を肌で感じ取るのも大切ですが、水問題に限ると一旅行者の視点ではなかなか問題を感じるのは難しいと思います(それでも水問題よりもより根源的問題である貧困や富の不均衡を感じるために途上国を訪れることは推奨しますが)。
読むべき本ですが、まずは多岐にわたる水問題の概要を掴む入門書として、沖大幹先生の「水危機 ほんとうの話」を推薦します。似たような本は沢山ありますが、別々の著者が書いた章を束ねただけのオムニバス本(本全体の一貫性に欠く)だったり、科学的知見に欠いたジャーナリストが必要以上に危機意識を煽るものだったりするので注意が必要です。その点、沖先生(私の東大時代の上司です)は科学的知見と社会問題的知見のバランスが非常によく取れている方だと思います。
こういった入門書を読んだ上で特定のトピックに興味を持ったら、それを更に追及していくとよいでしょう。各分野別の読み物としてお勧めなのは、手前味噌ながら、以下のURLにある水に関する書籍紹介です。これは東大に在籍する様々な分野の水研究者の方にそれぞれの分野に関連する一般向け書籍を紹介してもらったものです。それぞれの分野のスペシャリストが目利きした本なので、Amazon等で探すよりも効率的に質の高い本に巡り合えると思います。
http://www.wow.u-tokyo.ac.jp/learn/book/index.html
ある程度理論を理解した上で現場へ赴く、あるいは世間に出回っている報道に目を向けると、また新しい視点で物事を捉えられるようになると思います。
ある程度理論を理解した上で現場へ赴く、あるいは世間に出回っている報道に目を向けると、また新しい視点で物事を捉えられるようになると思います。